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業界VANで見せたインテックの強さ

通信自由化後に特別第二種電気通信事業者として通信事業へ参入するや、小企業向けの業界VAN(バン:業界通信網)を次々と立ち上げたインテック。
今回は、業界VANの拡大についてと、拡大を支えたインテックの強みについて話を伺った。

通信自由化後に業界VANを次々と立ち上げられた理由は何だったのでしょうか。

1つ目はもちろん、通信事業への我々の思い入れです。当時は、金なし、人なし、技術なしでしたから自分たちでなんとかして切り拓くしかありませんでした。

2つ目は、アメリカのGTEテレネット社をはじめ海外企業と提携し、通信技術を習得していったことにあります。
特別第二種電気通信事業は、自前のネットワークを持っていなくても全国的に通信事業を展開できる事業者が対象です。当社はその第1号となりましたが、何しろ民間では初めてですから、ソフトウェアの技術はあっても通信の技術がありません。国内を探しても、電電公社の仕事をしていない通信技術者なんていませんでした。日本にいないなら自分たちで海外から技術を習得しようと、アメリカでパケット交換サービスを展開していたGTEテレネット社と提携したわけです。

担当者は渡米して半年くらい交換機、端末、通信ソフトなどのあらゆる通信技術を学んできました。当初は英語もよく分からなかったでしょうに、でもなんとかなるものですよ(笑)。

当時、業界VANの拡大を支えた強みは何だったのでしょうか。

そうですね、2つありまして、1つは「Ace Mate」製造で得たマイクロプロセッサ技術を交換機に活かせたことです。

写真左:データ入力端末機 Ace Mate IV発売(1978年)
写真右:高性能パケット集線機「Ace Plex 600」自社開発(1985年)

Ace Mateは当社が初めて開発したハードウェアです。第一次通信回線開放後にスタートした専用線網「TecAce Net」の拡充に伴い、通信回線とコンピュータの融合によるさまざまなオンラインサービスを提供するようになったのです。そうするとPOSシステムや飲食業向けの注文から精算までを処理するシステム、データ集配信システムなど、それぞれの業務に最適なハードウェアが求められるようになり、それらを自社で開発していたのです。

業務提携したGTEテレネット社の交換機は、アメリカで普及していたIBMのネットワーク用につくられていたため、そのままでは使えませんでした。というのも、日本はIBMだけでなく富士通や日本電気など国内メーカーのシステムもあり、それぞれ仕様が異なります。当時、複数の得意先と取引する会社は、得意先のシステムに合わせて複数の端末を持っていたという話も聞きました。

しかし我々が提供するのは業界VANですから、1つの端末でどのホストコンピュータにもつなげられなければお客さまに利便性を提供できません。そこで当時の担当者は各社の通信ソフトの仕組みを調べ、1台の交換機へ何層にも重ねて組み込んだりしましたが、それでは性能が落ちて動きませんでした。試行錯誤を重ね、最終的に交換機のプロセッサを全部取り替えたんです。インテックが業界VANで強かったのは、このようにマルチベンダ環境を提供できたことが大きいと思います。

では、もう1つの強みは何でしょう?

上場によって財務体質を強化したことです。

当時はとにかく通信に資金を投入していました。いまならユニコーン企業のように、高い評価があれば投資ファンドやベンチャーキャピタルから大量の資金を集められますが、当時はそんな仕組みもなく、やりくりは大変だったようです。広く資金を集めるために株式上場をしていったのは、そういった苦労からです。1982年に名証二部、1984年に東証二部、そして1986年に東証・名証一部へ上場しました。

上場後はその資金をもとに、パケット交換サービスの事業拡大に伴って全国に自社ビルを建てていきました。不動産のインテック、なんて一時期言われましたが、重要なデータを流す交換機の設置場所が借り物、というわけにはいきません。貸主側の都合で空調を止められたりしたら大変ですから。そうすると交換機を設置する場所には自社ビルを建てざるを得ません。その自社ビルがのちにデータセンターになっていったわけですが、もともとは電電公社の交換局のような位置づけで、全国の各拠点に自社ビルを建てていったのです。

その際、銀行に融資をお願いに行くと担保を要求されるのですが、自社ビルができるまでは担保になるようなものを持っていませんでした。当時のコンピュータは値段が高くてとても当社が買えるようなものではなく、国内大手メーカーが共同出資したJECCからのリースを使用していましたから。
あるとき、当社の役員が銀行に「うちには人がたくさんいます。とにかく当社は人が大事な資産です。これって担保になりませんかね?」と聞いて断られた、という笑い話も残っています。

次回は、ネットワーク単体ビジネスからの脱却と、インフラ統合ビジネスへの転換について、お話ししたいと思います。

インテック初のハードウェア
「Ace Mateシリーズ」

1970年代後半、将来の情報処理業への戦略としてハードウェア技術の習得が必須と考えた当社は、マイコン製品の開発に乗り出しました。当時のマイクロプロセッサはCPU性能が低く組み込みやホビー用途が中心でしたが、応用研究の末の1978年、キーボード、ディスプレイ、プリンター、カセットで構成されるPOS端末「Ace Mate IV」を開発しました。他にも、CRTディスプレイを基本としたオンライン端末「Ace Mate VIII」をはじめ、お客さまの業務に合わせた専用端末としてシリーズ化され、「痒いところに手が届く」とお客さまから重宝されました。
こうしたAce Mateで培ったハードウェア技術が後に、Ace Plexシリーズやその他の機器で応用され、業界VANにおけるインテックの優位性を築いていったのです。

Interviewee Profile
NAME
鈴木 良之(Yoshiyuki Suzuki)
CAREER
昭和50年4月 株式会社インテック入社。
ネットワーク&アウトソーシング事業本部長、代表取締役副社長執行役員などを経て現在は当社常任顧問として後進の育成に尽力している。
(2019年3月現在の情報です)

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